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2011/05/21

隠岐の島4。






遂に隠岐の島最後の島、島後(隠岐の島町)へ。










漁船。ライトの大きさがスゴイ。夜は街の灯りよりも漁火のほうが眩しい。








和歌山の白崎のような真っ白な岩壁が続く場所もある。








隠岐の島名物牛突き。横綱の土俵入り。








今回の牛突き、春場所引き分けという勝負をつけないもの5戦と、横綱のガチ勝負1戦が開催。
勝負を付けないと行っても、戦いはガチぶつかりで頭蓋骨の音がガンガン聞こえる。
途中、牛の綱が外れるハプニングがあり目の前で牛が暴走。テレビでよくあるハプニングビデオに出てきそうな場面に出くわす。







隠岐の島の名物杉いろいろ。






壇鏡の滝。滝の裏からも見れるが、水量少なし。







中村地区のサザエ村で食べたサザエ丼。
朝から食事も全然OK。優しい味で美味かった。ちなみにサザエが多いサザエ丼丼もあり(笑。







日本全国色んな場所にあるローソク岩。
結構な道のりを経てたどり着いたものの、こりゃがっかりスポットだという景色だったが、写真で見るとそうでもなく。



島後(隠岐の島)の感想。

島前3島を回ったあとに来ると、島後は都会だ。フェリー乗り場の待合駐車場は有料だし、信号もある。コンビニはないが、スーパーもホームセンターも何軒もある。牛突きは一見の価値あり。しかし、島前に比べると、これといった特徴がないようにも感じた。隠岐の島の人は謙虚で商売っ気がないからと移住者の人が言っていたが、これだけの素晴らしい自然と文化をもっと有効に活用すれば、もっと特徴ある観光地として売り出せるような気がするなぁ。もちろん本土のような無駄な箱物じゃなくてね。

GWだったけど、人ごみは本土往復ののフェリーくらいで快適な休日を過ごせた。次に行くときは黄砂がありませんように。ありがとう、隠岐の島。





2011/05/18

隠岐の島3。

3つ目の島、西ノ島へ。






西ノ島は、海の他に山も十分楽しめる。






放置タラの芽多し(笑。山菜あまり人気無いのか。






焼火神社。岩の中にお堂が埋まる形で建てられている。鳥取の投入堂を眼の前で見た様な感じ。







由良比女神社。
普段は神社の写真は撮らないのだけれども、あまりに気持ちの良い空間だったので。






いかよせ浜。
何のことかと思ったら、過去にある時期にだけ何度もイカが大量に押し寄せ、それを拾いまくって売ることで大金持ちが何人も生まれたゴールドラッシュな浜。
最後の大量押し寄せは昭和の時代だから事実なんだろう。最近は、ないとのこと。








通天橋。内緒の裏道を教えてもらうと、右に見える浜まで行くことが出来る。









摩天崖からの景色。道中は牛の地雷だらけで、戦争イクナイと思った。






船引運河。内海と外海を繋ぐ細い運河。



西ノ島の感想。

隠岐の島の内、一島しか行けないんだけどどこがいい??と聞かれれば、僕は西ノ島と答える。国賀海岸をはじめとする観光地。さざえカレーなどのご当地メニュー。釣り公園もある。来年は、ここで自給自足キャンプでもしようかなんて考えている。

国賀海岸で初めてシーカヤックに乗ったんだけれども、とても気持よかった。海がきれいなのがいいよね。海藻がけっこうたくさんあるんだけれど、汚らしい感じでは全然なくて、まるで海の中に森があるような、幻想的な景色を観ることが出来る。

観光協会で、ニュージーランドの方に案内して頂いたのだけれども、大阪から来たと答えたら、もともと箕面に交換留学で来日して今は島で教師をしてるそうだ。世界は狭いねぇ。お世話になりました。



2011/05/10

隠岐の島1。








フェリーで最初の島、中ノ島(海士町)へ。






泊まった部屋はオーシャンビュー。






散策しながら野草を採って、晩飯に。椿の花の天ぷらが美味。








明屋海岸のハートの穴。見ると幸せになるらしい。






島内は、車も人も少なくのんびりとした雰囲気。







名水百選「天川の水」。クセのないおいしい水。




中ノ島(海士町)の感想。

海士町は隠岐の島でも先鋭的な町長のもと、行政のバックアップでIターンを推進しており若い移住者も多いらしい。そのおかげか他の島に較べてちょっとおしゃれな感じがする。湧き水が豊富で、水田が多いから、とてものどかな印象を受けた。

そうそう、隠岐の島といえば後鳥羽上皇。隠岐神社は70年前の神社ながらとても立派な神社。歴史的に実在する人物にこれだけの神社が作られるとは、後鳥羽上皇いい人だったんだろうなぁ。